しゅう兄さんの臨床心理士的生活-クライエントの結婚式-

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2006.09.08(金)

クライエントの結婚式

「行ってきました!」

って話ではないですよ。もちろん「呼ばれた!」って話でもありません。そういうのはココには書かないですからね。

この前ですね、ある病院(だったかな?)のSTさんが患者の結婚式に行ってきたって話を伝え聞いてですね、さて、臨床心理士だったら、というか自分だったらどうすんだろ?と思ったわけです。

もっとも、「自分のセラピストを結婚式に呼ぶやつがいるのか?」って話もありますが、職域によって、あるいは治療構造によってはありうるのかなあって思います。

スクールカウンセラーなんかだったら、わりとあるんじゃないですかね?お世話になった学校の先生くらいのノリで。精神科デイケアもありそう。利用者同士の結婚って時々あるみたいですし、その場合、デイケア担当の心理士が呼ばれても、そんなにおかしくはないですよね?

私は病院勤めですが、やっぱり病院だと呼ばれる可能性は極めて低いかなあという気はします。が、“0”ではないかなと、感覚的には思います。披露宴はさすがになくても、二次会くらいなら、十分ありそうな気がします。

んで、「呼ばれたら行くのか?」と問われると、今の職場の今の治療構造なら答えは「NO」ですね。

別に、クライエントのプライベートに関わりたくないからとか、ご祝儀払いたくないからとか、そんなんじゃないですよ?(正味のところ、ご祝儀はイタイけど、そりゃ友人の式であっても同じですのでね。)

じゃあ、何で行かないかっていうと、少なくとも私自身は結婚式に行くという関係を前提とした治療構造で臨床をやれないってことですね。そういう距離感で、カウンセリングをすんのが難しいからってことです。

結婚する人と式に呼ばれる人の関係って、たいていは友人や親族や同僚でしょ?式に行っただけで、そこまで距離が近くなるとは思いませんけど、行かないよりかは行ったほうが、多少なりとも距離感は縮みますよねえ?そうすると、友人や家族や同僚にカウンセリングができない(私はね)のと同様に、難しくなるんじゃないかなあって思います。

じゃあ、終結ケースならいいのかって言うと、それもなんだかなあって感じ。終結したといっても、私にとっては、いつまでもクライエントだし、彼らにとっても、私はセラピストとして存在しててこそ、価値があると思うんですよね。終結してても、これから先何かあったときにはセラピストとしての私が必要になる可能性があるわけで、そう思うとやっぱ行くってことはありえないかなあ。

って、ごちゃごちゃ言ってるけど、どっちかって言うと、「行かないもんは行かない」って感じなんですけどね。祝電なら贈るけど。

でもそうは言っても、例えば、“発達相談みたいな感じで、3歳頃から両親も含めて関わってて、その後、中高生くらいの頃は親子関係や友人関係の問題で個別面接なんかもやることになり、成人後はすっかり落ち着き、年に1、2回は近況報告をしに来てくれる”みたいなクライエント(こんなの臨床20年以上はやらんと出会えんので、当分はないだろうけど)だと、なんか行ってしまいそうになる自分がいるかも。ベタな逆転移ですけど。

ちなみに、あるデイケアの心理士さんに、この話を聞いてみたところ、デイケアの利用者同士の結婚式に呼ばれた場合、「場合によっては行くこともあるかな?スピーチとかはイヤだけど。でも、クリニックとかで個別面接してる患者のは行かない。」とのことでした。

むう…。他の人の話も聞いてみたい。

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│posted at 12:45:05│ コメント 8件
≫コメント 
基本的には「行かない」けど、実際子どもの施設とかずっと退園後もフォローしていたようなケースがいよいよ結婚でって感じで呼ばれたりしたら少し迷うかもしれん。やはり祝電くらいは送るけど、いろんなケースがありそうやな。
クルーニー│URL│posted at 2006-09-09(Sat)│編集
以前、学会で発表者が、まだカウンセリング中のクライアントの卒業式に行ったという話をしていました。開業している方で、全くそのこと自体を問題視していないので、ちょっとびっくりしました。
気持ちがわからないではないですが、私には受け入れがたいことでした。
-│URL│posted at 2006-09-09(Sat)│編集
行かないです。その時点で終結していたとしても、今後、再びクライアントとして来談されることは十分に考えられます。そのときのことを考えると、行かないですね。行くのはセラピストの自己満足?
poko│URL│posted at 2006-09-09(Sat)│編集
私は「持続的関係の無さ」が、カウンセリングの関係にとって必要な側面が多いと思っています。
 学校の先生にスクールカウンセラーと教員との違いについて説明を求められるときも、「カウンセラーの特徴は持続的な関係の無さが前提であること、簡単に言うとあまり大事ではない人間関係だからこそ言えることがあるんですね。担任や親は子どもにとって大事な人間関係だからこそ秘密にしておきたいこともあるのです」と説明しています。かなり納得していただけます(笑
 とはいえ、クライアントさんは「いやカウンセラーは大事な人間関係です」というかもしれませんが、つまるところ、構造としての関係と、その構造の中での関係は論理階梯が異なるということでしょうね。
【家族心理.com】管理人│URL│posted at 2006-09-09(Sat)│編集
>クルーニーさん

コメントありがと。

施設なんかで、生活場面にも入り込んでる心理士とかになると、ちょっと微妙やろうねえ。

心理以外の職員が結婚式に呼ばれることってないん?そんときに一緒に呼ばれたりすると、自分だけ行かないのも逆に変よなあ?
しゅう│URL│posted at 2006-09-10(Sun)│編集
>名無しコメントさん

>開業している方で、全くそのこと自体を問題視していないので、ちょっとびっくりしました。

私自身は実は、必ずしも“問題である”とは思っていません。卒業式に行けば、「卒業式に呼ぶ&行く、患者・治療者関係」になるだけで、それが今後の治療にマイナスに影響するかどうかは、治療者次第かなと思います。

私自身はマイナスになると考えているので、行きませんがね。
しゅう│URL│posted at 2006-09-10(Sun)│編集
>pokoさん

>行くのはセラピストの自己満足?

今の私が行けば、そうなると思うんですよね~。ただ、クライエントのために必要な場合もあるという見解もあるようで・・・。

そこいらのお話もまた日を改めて書こうかなあと思っている次第です。はい。
しゅう│URL│posted at 2006-09-10(Sun)│編集
>【家族心理.com】管理人さん

>「カウンセラーの特徴は持続的な関係の無さが前提であること、簡単に言うとあまり大事ではない人間関係だからこそ言えることがあるんですね。担任や親は子どもにとって大事な人間関係だからこそ秘密にしておきたいこともあるのです」

SCだとまあそうですよね。

まあそれはそれとしてですね、「大事ではない人間関係だから」という感覚は学派によってはちょっと違うんじゃないかなあと思ったりするんですよね。

ブリーフ系はこの感覚なんだろうなあと思いますが、精神分析系だとちょっと違うかなあと。「修正情動体験」なんて考え方は、擬似ではあっても、「大事な人間関係」からしか生まれないだろうなあと思うんですよね。

あ、なんかコメントの本論から外れてしまいましたが、まあそんなことを連想しましたです。
しゅう│URL│posted at 2006-09-10(Sun)│編集
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