しゅう兄さんの臨床心理士的生活-武道や格闘技における強さとは ~続き~-

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2006.07.08(土)

武道や格闘技における強さとは ~続き~

おとといはすみません。なんか文章が良くわかりませんね。さすが酔っ払いの書いた文章です(いつもと変わらんという説も)。

格闘技と書くと漠然としているので、私のイメージしているものをもうちょっと正確に表わすと、“競技化されている格闘技(競技格闘技)”ってことです。

競技格闘技の中の最高峰の選手達、たとえば、K-1やPRIDEや、ボクシングヘビー級や、その他もろもろのチャンピオンってのは確かに強いんですけどね、それぞれのルールの中での強さなんですよね。だから、純粋な強さとはちょっと違うのかなあという気がします。“強いスポーツ選手”と同じような感じですかね。そのものの強さがルールに規定されるという感じですかね?極端な話で言うと、同じ球技であっても、イチローと中田のどちらが強いスポーツ選手かは比べられないですよね?それぞれの競技(ルール)の中での少なくとも日本一の選手ではあると思いますけどね(それでも、ポジションが違えば比べられないから、たとえばイチローと松坂だって比較できませんが)。

それなら、バーリトゥード(何でもあり)だったらどうかと言えば、これだってケンカじゃないんだから、リングで戦うこととか、武器を使わないこととか、そういったルールの中での勝ち負けなわけです。ちなみにケンカもルールはないですが、ある種の“縛り”があっての話だと思います。ケンカがケンカとして成立するためには、お互いが「やってやる」と思うことが条件ですからね。

武道における本当の“強さ”はルールやお作法から自由であることで初めて成り立つと私は思います。ただ、実際に習う上では競技格闘技と同等かそれ以上の精緻で厳格な型や理論があり、それを遵守することが求められますが、本質的に自由なのだと思います。本当の武道(中国拳法なども含む)ではリングもルールも、そして試合さえもなかったりするので、その強さが彼ら(競技格闘技)の側からはわからないかもしれませんが、ルールがないからこそ、純粋に強くなりうると思うのです。いや、そもそも強い弱いという概念自体が武道にはないのかもしれません。強いというのは物差しがあって初めて決められることですから。物差しのひとつである競技やルールがなければ、強いかどうかなんてわからない。

相手を倒したやつが強いというのが、よく言う話ですが、武器を使わずとも素手であっても、競技格闘技のトップファイターを倒すことは、私でも、あるいは武道や格闘技のたしなみのまったくない人でも可能は可能です。控え室で寝ている彼らの目に、脳に達するくらい思いっきり指を突き入れたらどうなります?

そうすると、結局誰が、何が、強いかは比べられないんですよね。体感した人にしかわからない。古今東西の武道の達人が、現代の競技格闘技のリングに上がれば、おそらく負けるだろうなあと私は思います。では、競技格闘技の選手たちが、武道の達人より強いかというと、そうとは限らないと思います。フィールドの次元が違うから比べられないんですよね。

強さがルールに縛られるということは、ルール上でのもっとも強い姿を模索するということになります。そして、用意ドンで始まる、限られた空間の中での戦いでは、それなりにしか強くならないと思うのです。

武道はその頂すら見ることができない。ひとつひとつの技術を解説されれば理解できるけど、本質的なところはよくわからない。いくらやってもなかなかうまくなったと思えないけど、ここが限界かなとも思えない。そして、対“敵”としてだけでなく、自分自身のあり方とか、自分自身の要因のほうがむしろ大きいところにこそ、成長の可能性があるというところが面白いんですよね。

あ、いちおうここは心理系ブログなので、心理屋さん向けの話も少し書いておくと、競技格闘技と武道の差異は、認知行動療法と精神分析の差異にも似ているかなと思います。狭義の治療成績では精神分析は認知行動療法にかなわないでしょう。しかし、それはそもそも治癒ということに対する考え方の次元が違うので、やはり比べられないと思うのです。

とまあ、オチもまとまりもありませんが、ふと思ったのでメモ代わりに書いておきたいと思います。 >未来の私へ

あ、誤解のないように付け加えると、競技格闘技のトップファイターたちが本質的には強くないということを言っているのではありませんよ。彼らの中には武道的にも強い人はいるかもしれませんしね。見てないのでわかりませんが。
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│posted at 13:00:50│ コメント 4件
≫コメント 
 武道論待ってました。

>武道における本当の“強さ”はルールやお作法から自由であることで初めて成り立つと私は思います。ただ、実際に習う上では競技格闘技と同等かそれ以上の精緻で厳格な型や理論があり、それを遵守することが求められますが、本質的に自由なのだと思います。

 全くその通りだと思います。私も師からそのように学んできました。
 その上で、どんな立場、状況でも相手に「強さ」を納得してもらえるようにはなりたいとは思ってます(まだまだですが)。
 さらには、武道は実におもしろい「文化」だと思うのです。古典から新作、唯物論から神秘主義まで全てがあるといってもいい。いつもフィールド・ワークをしているような気分があります。
 その辺がスポーツの明快な楽しさや登山などとの違いかな、と感じる次第です。
アド仙人│URL│posted at 2006-07-08(Sat)│編集
>アド仙人さん

武道“論”なんて言うにはおこがましい、お稚拙な文章にコメントいただき恐縮です。

>武道は実におもしろい「文化」だと思うのです。

あー、それはよくわかります。そのへんの感覚も精神分析っぽいんですよね。

明快さに欠けるアンニュイな感じが、魅力的なんでしょうねえ。
しゅう│URL│posted at 2006-07-09(Sun)│編集
面白かったので更に掘り下げましょう!!→『では、何故「強さ」を求めるのか?』外的要因、内的要因、諸々あるかと思うんスけど、前者が社会的なものとして後者は心理的なものだと思います。で心理学がこれをどう解釈するのか興味あります。
コン│URL│posted at 2006-07-12(Wed)│編集
>コンさん

コメントありがとうございます。

>『では、何故「強さ」を求めるのか?』外的要因、内的要因、諸々あるかと思うんスけど、前者が社会的なものとして後者は心理的なものだと思います。

内的要因は人によってかなり違うように思います。一つには心理的というよりも、生物学的にというところがありそうですが、心理的なというところに関しては個人差がかなり大きいと思うんですよね。

なので一般的にどうこうって言う話はしにくいかも。

しゅう│URL│posted at 2006-07-16(Sun)│編集
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