しゅう兄さんの臨床心理士的生活-宮崎死刑囚への臨床心理士による接見-

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2006.02.05(日)

宮崎死刑囚への臨床心理士による接見

最近職場の人や知人に、この事に関して頻繁に質問されます。ネット上でもこの話はわりと話題に上っているようです。ご存知の方も多いと思いますが、長谷川博一氏(東海女子大学教授;臨床心理士)の宮崎勤死刑囚および宅間守元死刑囚への接見(面接)の話です。

質問としては、

1,なぜ、彼ら(被告or死刑囚)が頼んだわけでもないのに、臨床心理士が面接をするのか?

2,あの面接は何のためにしているのか?

3,面接内容がマスコミに公開されてるけど、守秘義務ってないの?

4,あーいうのは、臨床心理士の通常の業務範囲なの?


というところですが、

 
まず、4に関しては、「通常の業務範囲」というところの通常が極めて幅広いので、何とも言えませんが、「被告や死刑囚への面接を専門的に行う仕事」は少なくとも公務員でこれが業務に含まれている職種はありません。NPO法人などで密かに行われているかもしれませんがね。

次にわかりそうなのは1ですかね。これについては、彼らが自分から頼んだわけではないようですが、かといって強制的にやってるわけでもありません。最初は手紙を出すなどして接触し、面接を提案してみて、本人の同意を得た上で、拘置所の許可を得て接見となっているようです(これはあくまでもマスコミ報道の情報からですけど)。

それでも、「じゃあ何で長谷川氏から接触を図ったのか?」という話にはなるのでしょうけどね。それはあとの2つの中に含まれるかと。

で、あとの2つに関しては、はっきり言って私にはよくわからないのですが、以前の宅間守元死刑囚のときに、初めてマスコミに長谷川氏の名前が登場したときには、このように書かれています。

 校内児童殺傷事件の宅間守死刑囚(40)から贖罪(しよくざい)の念を引き出そうと、弁護人や親族以外で唯一接見した臨床心理士の長谷川博一・東海女子大教授(45)が、昨年九月の死刑確定後も大阪拘置所(大阪市)から接見を許可され、接見を継続していることが十八日、分かった。
 監獄法は確定死刑囚と接見、文通する権利を原則として親族に限定している。弁護人や宗教関係者に認めることはあるが、それ以外は極めて異例で、長谷川教授の目的を考慮、特例として認めたとみられる。
(神戸新聞 2004年5月19日)


この記事によれば、「贖罪の念を引き出そう」ということらしいです。私にはやはりよくわからないのですが、贖罪の念を引き出すことは一体誰の利益になるのでしょうか?この場合は死刑囚のためでしょうか?あるいは被害者のご遺族のためでしょうか?正直なところよくわかりません。このあたりのはっきりしたことがどこかに書いてあったら、教えてください。

それと、そもそも死刑囚から贖罪の念を引き出すことは必要なのでしょうか?これに関して、死刑廃止と死刑存置の考察 2004年9月14日の死刑執行についてというHPの中に次のような文章がありました。

死刑には教育刑としての意義はない。しかし拘置所では死刑囚に対する訓育等がなされている。そして死刑を執行するわけである。俗に「仏にしてから殺す」といわれる。この訓育の結果多くの死刑囚が自己の犯罪を悔い、被害者に対して謝罪し、贖罪の念を持って執行の日を迎えるようになるといわれる。退役刑務官の本などをみると多くの死刑囚に対して「仏のようになった」「どうしてこの人物があのような凶行に及んだのかわからない」等と感想を持つようだ。
この理由のひとつには死刑による究極の更正が行われる、という意見もある。死刑という刑罰に直面して初めて自らを反省するという意見である。


なるほど。私はよく知りませんでしたが、贖罪しても死刑になるにも関わらず、贖罪の念を引き出すのは一般的なことなのですね。でも、やはり疑問なのは、それは「死刑囚のために必要なこと」なのか、あるいは「被害者のご遺族のために必要なこと」なのか。釈放のある懲役刑の場合、贖罪して次から犯罪を起こさないでおこうと思うことは、被害者のためにもなりますが、犯罪者自身のためにもなりうるのですから、よくわかるのですが、死刑囚の場合どうなんでしょうか?“その後”がなくとも、贖罪することは彼ら自身にとっても、間違いなく幸せなことなのでしょうか?

何で読んだのか忘れましたが、欧米では神職者が刑務所を訪問して、死刑囚に面会することがよくあるそうですが(日本でも数は少ないもののあったように思いますが)、これは死刑囚本人が、懺悔したいと思い、神職者に会うのであれば、死刑囚自身のためになりうることなのでよくわかります。長谷川氏の面接がそのような意味で行われているのであれば十分理解できますが、報道のとおり「贖罪の念を引き出す」目的で、氏から申し出たのであれば、この欧米の話とはちょっと違ってくるように思います。

基本的に、私自身の考え方として、臨床心理士の業務は来談者の利益のないところにはありえないと思っているので、長谷川氏の面接も、少なくとも部分的であっても、死刑囚達の利益のために行われているべきと思います。このあたりは臨床心理士の倫理綱領第1条にも書かれています。

第1条 臨床心理士は自らの専門的業務の及ぼす結果に責任をもつこと。その業務の遂行に際しては,来談者の人権尊重を第一義と心得,個人的,組織的,財政的,政治的目的のために行ってはならない。また,強制してはならない。


長谷川氏の面接の目的に関して、詳細が記されたものはなかったように思いますので、実際のところはよくわかりませんけど。

最後に3「守秘義務」ですが、これも基本的には本人の同意なくマスコミに公開されることはあってはならないと思います。yahoo知恵袋に、この3と同じ質問があって、どなたかが「守秘義務とモラルの上でどうなのか」「少なくとも適切を欠く」といった回答を書かれていましたが、本人の同意をとって公開しているのならば問題はないように思います。これも、実際に同意をとっているのかどうか、私は知りませんが。

以上、長くなりましたが、最近気になっていたことを書いてみました。私自身は最初ニュースを見て、「ふ~ん・・・」思っただけでしたが、その後いろんな人(特に私の実際の業務を知っている人)から、「なんかあれは臨床心理士の仕事じゃない気がする」と言われることが多かったもので・・・。

この領域に詳しい方、長谷川氏およびその関係者の方、匿名で結構ですので、ご意見頂戴できれば幸いです。もちろんその他の方からもご意見いただければありがたいです。

※なお、本エントリーは「死刑廃止論」や「犯罪者人権擁護」などを趣旨としたものではありません。これらについて噛み付いてくるようなコメントはご容赦ください。あくまでも「臨床心理士がこういうことをすることの意味って何だろう?」というのが趣旨です。

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│posted at 23:50:02│ コメント 7件
≫コメント 
>長谷川氏の面接の目的に関して、詳細が
>記されたものはなかったように思います
>ので、実際のところはよくわかりません
>けど。

これは、心理士会の研修で講師で来られたときに話していましたが----内容は忘れてしまいましたww ただ、これまでは彼の活動を否定的に見てたのですが、しっかりとした考えや心理臨床活動についての真摯な姿勢が感じられガラっと彼に対する評価が変わりました。
takashi│URL│posted at 2006-02-09(Thu)│編集
>takashiさん

ほうほう。なるほど。それは興味深いです。

>内容は忘れてしまいましたww 

多分、県士会(?)が出すニュースレターみたいなのに、サマリーか、参加者からの報告みたいなのは出ますよね。またそのときにでも、教えていただければ幸いです。

まあでも、その前に彼の所属大学の紀要とかに出るのかな?
しゅう│URL│posted at 2006-02-09(Thu)│編集
初めてこちらにお邪魔しました。

ちょっとギモンが。。。
では、一体誰が、どういった職業の方が宮崎死刑囚の心の闇を解明できるのでしょうか?

もう、死刑になる人間だから、誰が関わってもしょうがない、彼が贖罪しようがどうしようがもうなんの意味もない、という事になるのでしょうか。。。?

同じような悲劇が起きないためにも、彼の心の闇がどうしてできてしまったのか知りたい、そして、同じ人間として、闇に包まれた人間を救いたい、と思うのが臨床心理士なのでは…?

今後宮崎死刑囚のような闇を抱えた人間はどんどん出てくるでしょう。
長谷川氏以外の心理学研究をされている方は、宮崎氏に自ら接触しようと動きもせずに、本当に闇を解明できると思っているんですか?結局、長谷川氏が分析したデータを参考にすることになるんじゃないですか?

私はまったく専門家ではありませんので、このような疑問で、もし気を悪くされたらすみません。
一般人│URL│posted at 2006-03-02(Thu)│編集
>一般人さん

コメントありがとうございます。

>どういった職業の方が宮崎死刑囚の心の闇を解明できるのでしょうか?

ということについては、私個人の意見としては、本当の意味で解明されることはないと思っているということを先に言っておきます。ただ、多少であっても解明させていくことは、事件の再発防止や、被害者ご遺族の納得という意味でも大切なことだと思います。

ですが、それを解明するのは、本来裁判の役目だったのではと思います。そのために必要なら精神鑑定をもっと行ってよかったと思います。そして精神鑑定そのものは、宮崎死刑囚の利益にもなりうることだし、それならそれでいいと思います。

>もう、死刑になる人間だから、誰が関わってもしょうがない、彼が贖罪しようがどうしようがもうなんの意味もない

そうは思いません。エントリー内にも書いたように、「死刑囚のためになりうるのなら」いいと思います。仮に、もし仮に、嫌がる死刑囚に無理やり贖罪のための面接をするのなら(その場合マインドコントロールとでも言うべきか?)、それはそれ自体一つの刑罰とも言えるし、現行法が規定しているものではありません。人権上も問題があるように思います。

>同じような悲劇が起きないためにも、彼の心の闇が
>どうしてできてしまったのか知りたい、そして、同じ人間として、
>闇に包まれた人間を救いたい、と思うのが臨床心理士なのでは…?

それが「臨床心理士なのでは?」と問われれば、私は違うと思っています。あくまでも自分が今面接をする対象(クライエント)にとって、いかに役に立つかというところが第一であると思っています。もし、ある死刑囚が「自分のような人間を二度と作らないためにも、自分の心の闇をあなたに知ってもらい、それを社会に還元してもらいたい」と言うのならば、彼のその気持ちに答えるために面接をするのはアリだと思います。その結果、社会に役立つのなら、それは結果として良かったなあと思うだけです。

横道にそれますが、私は上記エントリーで長谷川氏の面接がダメだとか言ってるわけではありません。『「贖罪の念を引き出す」という面接って誰のため?』ということを言っているだけです。長谷川氏はきちんと手続きを踏まれ、本人の了承をとって面接されているのでしょうから、面接自体に問題はないと思います。

話は戻りますが、一般人さんは「闇を解明する」とおっしゃられていますが、長谷川氏の面接の目的自体、少なくともマスコミ上では「贖罪の念を引き出すため」であって、「闇を解明する」ためではないようです。なので、長谷川氏の面接が「闇を解明する」ために役立つのかどうかも今のところはわかりません。

それと、
>今後宮崎死刑囚のような闇を抱えた人間はどんどん出てくるでしょう。
とのことですが、マスコミもよくこういう表現をしますが、「宮崎死刑囚のような闇」などと、ひとくくりにはできないと思います。宮崎死刑囚には宮崎死刑囚の生育歴や環境などさまざまな事情があり、宅間元死刑囚には彼なりの闇があったはずです(「闇」という表現自体そもそもあいまいではありますが)。

なので、
>長谷川氏以外の心理学研究をされている方は、
>宮崎氏に自ら接触しようと動きもせずに、
>本当に闇を解明できると思っているんですか?
ということに関しては、何も宮崎氏に接触しさえすれば、「闇」を解明できるというような単純な話ではないと思います。
もちろん、かなり奇異な事件であったので、宮崎死刑囚が同意して、彼の面接記録が公開されたならば(一般公開は難しいかもしれませんが)、貴重な事例報告となることは確かでしょう。

そして、宮崎死刑囚だけでなく、多くの犯罪傾向を持つクライエントの心理療法が行われる中で、犯罪の抑止あるいは更正につながるような何らかの知見が得られるようになっていくのなら(もちろん今でも少しずつ発展していってるのですが)、すばらしいことではと思います。

一般人さんの疑問に十分お答えできているかどうかはわかりませんが、ご不明な点や、ご意見・ご批判などあれば、またコメントいただければと思います。

今後ともどうぞよろしくお願いします。
しゅう│URL│posted at 2006-03-02(Thu)│編集
こんばんは、ご丁寧に回答してくださって、どうもありがとうございました、

おっしゃられていること、大体わかったような気がします。なるほど、専門家の方はそういう考え方をされるんだなぁ、という事もわかり、質問してよかったと思ってます。

死刑囚の贖罪…やはり、私の中では考えれば考えるほど、宗教的な話になってしまいそうです。。。

今後のご活躍、かげながら応援しております!


一般人│URL│posted at 2006-03-03(Fri)│編集
>一般人さん

私の考え方が臨床心理の専門家の一般的考え方かどうかはわかりませんが・・・、一意見として参考になれば幸いです。

>死刑囚の贖罪…やはり、私の中では考えれば考えるほど、
>宗教的な話になってしまいそうです。。。

そうですね。それには同感です・・・。

また、お暇なときに見にきてください☆
しゅう│URL│posted at 2006-03-04(Sat)│編集
長谷川博一氏のことを、うらやましいなぁ~と思う反面、彼の死刑囚を踏み台にした立身出世が野蛮であると感じているのではないか。それならば、あなたの考えが理解できる。自分の感情をあらわにすることは、論理的な説明より明快である。よって、素直に彼のことを批判すべきである。ただし、本名を名乗る必要がある。まぁ、私の自論であるが、、。
おめこぼし│URL│posted at 2008-02-12(Tue)│編集
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